中島 一式戦 隼
価格:2,800円(+消費税)
中島97式戦闘機(キ27)が制式採用となった昭和12年12月、陸軍は中島1社に対して次期戦闘機(キ43)の試作指示を出しました。翌年の12月試作1号機が完成、テスト飛行の結果、97式戦闘機と比較して最大速度が30km/hほど上回るものの、運動性が劣り次期戦闘機としては力不足でした。その後、翼面積の変更、エンジンの換装などいろいろな改修がおこなわれ、昭和15年9月までに13機(試作機3、増加試作機10)が完成しましたが、格闘戦至上主義の軍を納得させることは出来ませんでした。しかし、そのころ参謀本部では南方侵攻作戦でシンガポール攻略には船団を援護する大航続力の戦闘機が必要と考えており、不合格のレッテルを貼られる寸前のキ43に、遠距離戦闘機として活路が見いだされたのです。昭和16年4月には改修機がテストされ要求の航続力も得られ、また、格闘戦も垂直面では優れていたため昭和16年5月一式戦闘機として制式採用が決まり、同年の6月から8月にかけて約30機のI型を飛行第59戦隊が受領しました。隼I型は主にビルマ方面に投入され緒戦の快進撃におおいに貢献したのです。
一式戦闘機II型はエンジンをハ115に換装、機体デザインが洗練され、諸性能の向上を図ったタイプで、II型が実戦配備となるとバッファロー、ハリケーン、P-40等を相手に優位に戦っていましたが、後のスピットファイア、P-38などには苦戦を強いられました。しかし、当時陸軍戦闘機の中でもっとも取り扱いが容易で、稼働率も高かったため終戦まで量産が続けられました。
《実機データ》
乗員:1名、全幅:10.84m、全長:8.92m(水平姿勢)、全高:3.27m(水平姿勢)、主翼面積:21.4m2、全備重量:2,590kg、エンジン:中島 ハ115、離昇出力:1,120hp、最大速度:515km/h/6,000m、武装:12.7mm機関砲x2
模型完成サイズ
L:299mm W:328mm
パーツ点数 94 pcs