【JT61】 1/48スケール プラモデル
中島 B6N2 艦上攻撃機 天山 12型
価格:2,800円(+消費税)
昭和14年日本海軍は九七式艦上攻撃機の後継機として十四試艦上攻撃機の試作を中島に命じました。海軍の要求は当然、九七艦攻を上回るもので最大速度250Kt(463km/h)以上、航続距離1800海里(3330km)、エンジンは1500馬力級というものでした。海軍側はエンジンをすでに実用化されている三菱「火星」を推奨しましたが、中島は要求を可能にするには、当時開発中であった高出力の「護」エンジンが妥当と判断し、このエンジンを搭載することに決定しました。今までの艦攻に比べかなりの大馬力、大重量の大型機であったため、要求性能に見合うために日本初の金属製4翅プロペラを採用、搭載空母のエレベーターの寸法に合わせ、方向舵を前傾されたり、魚雷と冷却器が接触しないように取り付け位置をずらすなど、かなり苦心した設計でした。
また、大重量による着艦性能の悪化にはファウラー式フラップを装備することで補いました。しかし、完成したばかりの「護」エンジンの初期不良の対策や、離陸滑走中の回頭性を垂直尾翼を左にずらして取り付けて対処するなどの改修は施されたため、天山一一型としてようやく採用されたのは昭和18年8月で、同年11月にブーゲンビル島沖海戦で実戦に初めて登場しました。その後、故障の多い「護」にかわり「火星」を搭載した天山一二型が昭和19年3月に制式採用。各型、合わせて1,200機ほど生産されましたが、初期段階でのエンジン選定の失敗と登場時期の遅れにより、一流の機体性能が半減してしまった不運な艦攻といえるでしょう。
《データ》
乗員:3名、全幅:14.894m(展張時) 7.193m(折りたたみ時)、全長:10.808m、全高:3.820m、全備重量:5,200kg、エンジン:「火星」二五型(14気筒複列星型空冷式)、離昇出力:1,850hp、最大速度:481.5km/h(高度4,000m)、武装:7.7mm機銃×1(胴体後上方)、7.7mm機銃×1(後下方)
中島 B6N2 艦上攻撃機 天山 12型
価格:2,800円(+消費税)
昭和14年日本海軍は九七式艦上攻撃機の後継機として十四試艦上攻撃機の試作を中島に命じました。海軍の要求は当然、九七艦攻を上回るもので最大速度250Kt(463km/h)以上、航続距離1800海里(3330km)、エンジンは1500馬力級というものでした。海軍側はエンジンをすでに実用化されている三菱「火星」を推奨しましたが、中島は要求を可能にするには、当時開発中であった高出力の「護」エンジンが妥当と判断し、このエンジンを搭載することに決定しました。今までの艦攻に比べかなりの大馬力、大重量の大型機であったため、要求性能に見合うために日本初の金属製4翅プロペラを採用、搭載空母のエレベーターの寸法に合わせ、方向舵を前傾されたり、魚雷と冷却器が接触しないように取り付け位置をずらすなど、かなり苦心した設計でした。
また、大重量による着艦性能の悪化にはファウラー式フラップを装備することで補いました。しかし、完成したばかりの「護」エンジンの初期不良の対策や、離陸滑走中の回頭性を垂直尾翼を左にずらして取り付けて対処するなどの改修は施されたため、天山一一型としてようやく採用されたのは昭和18年8月で、同年11月にブーゲンビル島沖海戦で実戦に初めて登場しました。その後、故障の多い「護」にかわり「火星」を搭載した天山一二型が昭和19年3月に制式採用。各型、合わせて1,200機ほど生産されましたが、初期段階でのエンジン選定の失敗と登場時期の遅れにより、一流の機体性能が半減してしまった不運な艦攻といえるでしょう。
《データ》
乗員:3名、全幅:14.894m(展張時) 7.193m(折りたたみ時)、全長:10.808m、全高:3.820m、全備重量:5,200kg、エンジン:「火星」二五型(14気筒複列星型空冷式)、離昇出力:1,850hp、最大速度:481.5km/h(高度4,000m)、武装:7.7mm機銃×1(胴体後上方)、7.7mm機銃×1(後下方)