川崎 T-4“航空自衛隊”
価格:1,200円 (+消費税)
川崎T-4は、航空自衛隊の双発ジェット練習機です。
航空自衛隊は、老朽化してくるT-33AやT-1に変わる新型練習機の選択に迫られました。昭和56年度に新型練習機分の予算が認められMTX(新型中間ジェット練習機)の計画がスタートしました。
純国産機で開発されることとなったMTXは、川崎重工、三菱重工、富士重工などの航空機メーカー3社の競合となりましたが、昭和59年9月に川崎重工が主契約会社となりました。MTXからX-T4に改められた機体は昭和59年10月に基本設計が三菱、富士、新明和、日本飛行機の設計メンバーを加えて開始されました。機体の基本構造は双発エンジン搭載、中翼配置、タンデム(縦配列)コクピット配置で決定されました。
初期設計からの大きな変更は、主脚装置の変更がありました。
当初T-2形式の主脚配置を予定していましたが、F-104形式に改められています。エンジンは外国製も含めて検討されましたが最終的に国産の石川島播磨重工製のXF-3エンジンに決定され、機体、エンジンともに国産の航空機が誕生することになりました。
このエンジンは推力が1.6トンで最新技術を盛り込んだ小型ターボファンエンジンで、このエンジンによる機体の運動性能はF-15並になっています。
この他XT-4では数多くの新技術が盛り込められて開発されました。
機体構造部材に複合材料を多用、機上酸素発生装置(OBOGS=On-Board Oxygen Generating System)の採用、デジタル・データバスの採用、リング・レーザー・ジャイロ式のAHRSの採用、航空自衛隊では初のキャのピー破砕方式脱出装置などです。
XT-4の1号機は昭和60年4月17日に川崎重工の岐阜工場でロールアウト、同年7月29日に初飛行を行いました。
その後、4機のXT-4を使用し各種の飛行試験を充分行った後、防衛庁に納入されました。
T-4の量産機は昭和63年度に浜松の第1航空団に配備されT-33Aとの交代を行いました。その後各航空団の連絡用T-33Aとの交代も順次進み、次の段階のT-1A/Bとの交代が芦屋基地13教団でも始まっています。
これにより航空自衛隊のパイロットは、初等練習機レシプロエンジンのT-3からジェット練習機のT-4に乗り換え、後にF-15DJ、F-2Bへと進む合理的な訓練コースへと変わっていきます。
〈データ〉
乗員:2名、全幅:9.9m、全長:13.0m(ピトー管含む),12.0m(ピトー管含まず)、全高:4.6m、エンジン:石川島播磨重工F3-IHI-30、推力:1,600kg x2、標準離陸重量:5,530kg、最大速度:マッハ0.9(高度10,000m)、初飛行(XT-4 1号機):昭和60年7月29日